




運営者:蘭丸
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1984年、4歳緒戦として弥生賞に出走。
このレースはシンボリルドルフにとって3ヶ月ぶりとなり、
18kg増の馬体重で出走した。このレースでは
それまで岡部が主戦騎手を務め4連勝中であったビゼンニシキが
1番人気となったがこれを1馬身3/4差で破った。
皐月賞では弥生賞から22kg減の馬体重となった。
前走時の外傷によって休んだ後、
運動の遅れを取り戻すために行った強めの調教が原因だった。
再び2強対決となり、
2頭に人気が集中しそうだったため2頭とも単枠指定とされた。
今度はシンボリルドルフが1番人気となった。
シンボリルドルフは道中3番手で競馬を進め、
4コーナーでは先頭になった。
直線に入るとビゼンニシキと一騎打ちになり、
シンボリルドルフは外側を走るビゼンニシキと激しくぶつかり合い、
外に斜行している。しかし最後はビゼンニシキを1馬身1/4抑えて
レースレコードで一冠達成。
表彰式で三冠を意識して岡部が一冠を示す1本指を指し示した
(このパフォーマンスは後にディープインパクトに騎乗した武豊も行った)。
ただし、この斜行で岡部騎手は2日間の騎乗停止処分を受けている。
(ウィキペディア引用)