




運営者:蘭丸
紹介されいる動画はYouTubeにアップロードされているもので版権物の知的所有権は、それぞれの著作者・団体に帰属しております。著作権保有者様からの苦情や警告、削除要請等がありましたら速やかに指示に従い適切な処置を講じます。
フォワ賞では出走馬が3頭だけで、
他の2頭(ボルジアと、一度敗れているクロコルージュ)に
マークされるという苦しい状況の中勝利し、いよいよ凱旋門賞に向かう。
凱旋門賞ではその年のジョッケクルブ賞、アイリッシュダービーを制し、
欧州3歳最強馬と評価されていたモンジュー、
当年のキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス
及びアイリッシュチャンピオンステークスをそれぞれ圧勝していた
欧州古馬チャンピオンであるデイラミが出走した。
当日レースの舞台となるロンシャン競馬場は史上最悪と言われる程、
大量に水分を含んだ状態の不良馬場だったため
(優勝候補の一角だったデイラミの陣営は直前まで出走を躊躇っていた)、
道悪を苦としないエルコンドルパサーとモンジューの
一騎打ちというのが戦前の評判であった。
レースはモンジュー陣営のペースメーカーであるジンギスカンが
先頭に立つ予定だったが、ジンギスカンがエルコンドルパサーについていけず、
エルコンドルパサーが押し出されれるような格好で先頭を進み、
エルコンドルパサーをモンジューが後方から見る格好となった。
これが功を奏し、単騎逃げで折り合った同馬は、
最後の直線まで脚をためながら抜群の手ごたえでレースを進め、
全馬に目標とされながらも直線半ばではさらに後続を突き放した。
モンジューはまだ馬群の中にあり、日本競馬の悲願がついに達成かと思われた。
しかし残り200mでやっと馬群をさばいて抜けてきたモンジューが一気に追い込み、
ゴール前でついにエルコンドルパサーを捉えた。
結局半馬身差でモンジューが優勝、エルコンドルパサーは2着となった。
2着に敗れはしたものの凱旋門賞の旧4歳と旧5歳の斤量差や、
遠い日本からの遠征というハンディキャップ、
さらに3着馬との間につけた6馬身差により、
現地メディアから「2頭チャンピオンが存在した」という評価を受けた。
日本国内でもシンボリルドルフ、サクラローレルなど
歴代の強豪馬が海外遠征でことごとく敗れてきただけに、
歴史的快挙と評された
(もっとも、この2頭はキャリアの最後に海外挑戦したことや、
怪我でまともにレースができなかったこともある)。
また、日本調教馬による凱旋門賞の最高着順記録は
今もエルコンドルパサーが保持している。
さらに欧州以外での調教馬による最上位着順でもある。
(ウィキペディア引用)