




運営者:蘭丸
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1976年に購入時の縁から東京競馬場の本郷重彦厩舎に入厩。
買い手がつかず橋本自身が馬主となる原因となった外向を抱えていた上、
本郷は購入の経緯を知っている事もあり、故障発症を考え思う様な
調教が出来ず六分程度の仕上がりで緒戦を迎えた。
だが、その不安はあっさりと消し飛んだ。
何とデビュー戦でタイプアイバー(プリテイキャストの半兄)等を相手に
大差勝ちしたのである。
続くいちょう特別も完璧とは程遠い仕上がりで9馬身差圧勝。
しかし、3戦目の府中3歳ステークスは将来を考え、
中団に抑える競馬を試みたがよもやの裏目、
一瞬前に出たヒシスピードを辛くも差し返し3連勝を飾ったものの
唯一のハナ差という屈辱的苦戦を味わう。
そして大一番の朝日杯3歳ステークスは、前走の鬱憤を晴らすべく
生涯唯一の80%程度の仕上げで出走
(100%に仕上げたら脚がもたなかったといわれている)。
レースはほぼ馬なりで1600mを1分34秒4というタイムで走破し、
着差は2着ヒシスピード鞍上の小島太に『バケモノだ』と
言わしめた程の13馬身差の圧勝(いわゆる大差勝ち)の上に、
本気で追っていたら後2秒は速いタイムを出せたと
言わしめる程の内容であった。
この2歳レコードタイムは、14年後の1990年に
リンドシェーバーに破られるまで君臨した。
当時の馬場を考えると、現在では1分31秒台と同じ程度のインパクトであろう。
(ウィキペディア引用)