




運営者:蘭丸
紹介されいる動画はYouTubeにアップロードされているもので版権物の知的所有権は、それぞれの著作者・団体に帰属しております。著作権保有者様からの苦情や警告、削除要請等がありましたら速やかに指示に従い適切な処置を講じます。
武豊騎手とのコンビの印象が強いが、
コンビを組んだのは5戦目から。
田原成貴・南井克巳両騎手が最初は乗っていた。
南井鞍上で出走したきさらぎ賞が初重賞挑戦になる(3着)だが、
このときの1着馬、マイネルフリッセが、後にこの馬に大きく関わってくる。
日本ダービーを目指していたが、脚部不安により断念。
菊花賞を目指すことになる。
そのためにはトライアルで優先出走権を確保する必要があった。
しかし神戸新聞杯は3着、
京都新聞杯は6着。
当時は京都新聞杯がトライアルレース(5着以内に優先出走権付与)で
神戸新聞杯はステップレースでしかなかった為(3着は優先出走権無し)、
菊花賞への道が危ぶまれた。
しかし、武豊の「スーパークリーク以外の馬に乗るつもりはない」
という発言を聞いて、
動いたのがサラブレッドクラブ・ラフィアンの岡田繁幸だった。
きさらぎ賞の勝ち馬マイネルフリッセも武豊のお手馬であり、
スーパークリークの配合を考えたのもほかならぬ岡田であったこともあり、
マイネルフリッセを菊花賞の登録から辞退した
(この件で、岡田とマイネルフリッセを管理する中村均との
関係が一時悪化した。現在は修復) 。
さらに辞退する馬(ハードバージの忘れ形見であるセンシュオーカン)が
1頭増えたことで、抽選をせずに菊花賞本番に出走することができた。
そして、見事に勝利する。
なおこのときの2着馬が、もう1頭の抽選の候補であり、
同じように滑り込んだガクエンツービートだった。
(ウィキペディア引用)