




運営者:蘭丸
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イナリワンは3歳(馬齢は旧表記)時に
大井競馬場の福永二三雄(福永洋一の次兄)の厩舎に入厩し、
12月9日にデビューした。
大井の名騎手・宮浦正行を鞍上にデビュー戦から8連勝、
南関東クラシック競走の最終戦の東京王冠賞(現在廃止)も制したが、
5歳になってからは苦手の雨馬場のレースが多く勝てない日が続く。
しかし笠松競馬場に遠征した全日本サラブレッドカップで、
笠松の雄・フェートノーザンの2着に入ると、
年末の東京大賞典(当時はダート3000m)を勝利する。
これで名実共に地方競馬最強馬の一角となったイナリワンであるが、
東京大賞典は当時の地方競馬でも最高格とされた大レースであり、
またこれ以降の地方のレースではイナリワンの獲得賞金額が多過ぎて、
どこへ出走するにしても他馬と比較して遥かに重い
負担重量を背負わされてしまうという、
かつてはヤシマナシヨナルなどが経験したものと同じ境遇に直面する。
かくして、この地方競馬での華々しい実績を手土産に
美浦の鈴木清厩舎に転厩する。
初戦のすばるステークス(小島太騎乗)は4着、
続く阪神大賞典(小島太騎乗)では道中で不利を被り
5着に敗れるものの、天皇賞(春)では、
当時脚部不安で休養中だったスーパークリークの主戦騎手であった
武豊を背に、2着ミスターシクレノンに5馬身差でレコードタイムで優勝。
さらに宝塚記念でも、同じく武豊鞍上でJRAGI2勝目を飾る。
(ウィキペディア引用)