




運営者:蘭丸
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1994年1月にデビュー。
3戦目で勝ちあがる。
皐月賞は同期・同馬主のサクラスーパーオーが出走し、
サクラローレルは東京優駿(日本ダービー)を目指す。
ダービートライアルの青葉賞でエアダブリンの3着に入り、
東京優駿(日本ダービー)優先出走権を取るものの、
右後脚の球節炎により回避。
秋に復帰したが、同期の三冠馬ナリタブライアンとは
クラシックで対戦することなく終わる。
翌1995年、中山の金杯を勝って5歳で重賞初制覇を飾る。
しかし、続く目黒記念ではハギノリアルキングの2着に敗れた。
天皇賞(春)を目指し調教されるが、
栗東に遠征しての追い切りで両前脚深管(※)を骨折するという
安楽死処分が検討されるほどの重傷を負った。
関係者の努力により治療が行われ安楽死処分とはならなかったが、
長期の休養に入る。
(※深管とは管骨の裏側。管骨とは膝から下にある中手骨を指す。)
1996年ケガから復帰し、これまで主戦騎手をつとめた
小島太の引退・調教師転身により、
新たに主戦となった横山典弘との新コンビで中山記念に挑んだ。
9番人気という評価であったが
1番人気のジェニュイン以下を直線で差し切り優勝した。
そして出走した天皇賞(春)、
ナリタブライアンと1歳下のマヤノトップガンの2頭が
単勝1.7倍と2.8倍に支持されて他の馬は全て10倍以上という
一騎打ちムードの中、サクラローレルは3番人気であったが、
直線力強い末脚を見せてナリタブライアンを差しきり優勝。
見事にGIの勲章を手に入れた。
(ウィキペディア引用)