




運営者:蘭丸
紹介されいる動画はYouTubeにアップロードされているもので版権物の知的所有権は、それぞれの著作者・団体に帰属しております。著作権保有者様からの苦情や警告、削除要請等がありましたら速やかに指示に従い適切な処置を講じます。
フサイチコンコルドは、Northern Dancerの3×3という
濃いインブリードのためか、逆体温、
輸送時にたびたび起こる熱発(発熱)など、
極めて体質が弱かった。
デビューは3歳となった1996年1月29日、
京都競馬の新馬戦で、1番人気に応えて勝利した。
2か月後のすみれステークスを勝利し、
皐月賞へ出走できるだけの賞金を加算したが、
管理調教師の小林はあっさりと皐月賞を回避することを決定した。
しかし、日本ダービーへの道は平坦ではなかった。
トライアルのプリンシパルステークスへ出走するため
東京へ輸送したところ熱発してしまい、同競走を回避。
そのため賞金的に出否が微妙になった。
また、日本ダービーの前に、同厩舎同馬主のフサイチシンイチが
900万下条件戦を勝ち上がりコンコルドより賞金が多くなるなど
出走が危ぶまれた(ただし小林と関口はコンコルドが出走できるなら
シンイチの回避も考えていた)が、何とか2頭そろって出走にこぎつけた。
しかし、輸送後にまたも熱発で小林が出走取消を考えるなどドタバタ続きであった。
迎えた第63回東京優駿(日本ダービー)。
1番人気は皐月賞を同様に熱発で回避したものの、
プリンシパルステークスを勝利したダンスインザダーク。
皐月賞2着のロイヤルタッチが2番人気、1着のイシノサンデーが3番人気と、
3頭のサンデーサイレンス産駒が人気を集めていた。
フサイチコンコルドは、無敗とはいえキャリアがわずか2戦、
度重なる熱発ということもあり、「関西の秘密兵器」として
穴人気をしていたものの7番人気にとどまっていた。
レースはサクラスピードオーがスローペースで逃げ、
ダンスインザダークが3、4番手の絶好の位置につけていた。
フサイチコンコルドはスタートでわずかに出遅れたものの、
7、8番手からダンスインザダークをマークする形で進んだ。
最後の直線でダンスインザダークが抜け出し、
勝ちパターンに持ち込もうとする。
鞍上の藤田からゴーサイン出されたフサイチコンコルドが、
一完歩ずつ差を詰めていく。
2頭の叩き合いはゴール板前まで繰り広げられ、
最後にはフサイチコンコルドがダンスイザダークをクビ差退けた。
このレースの実況を担当したフジテレビの三宅正治アナウンサーは、
コンコルドのイメージから「音速の末脚が炸裂する!!」と叫び、
翌日のスポーツ新聞はその勝利を「音速の末脚」、という見出しで飾った。
(ウィキペディア引用)