




運営者:蘭丸
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1998年8月15日に京都競馬場で行われた3歳新馬戦でデビュー、1番人気に推されたが6馬身差の2着に敗れ、その後骨折を発症し休養に入った。初勝利は通算3走目となる1999年2月6日の市場取引馬・抽せん馬限定の4歳未勝利戦であった。
その後、500万下条件のゆきやなぎ賞を勝利、GIIIの毎日杯では4馬身差の圧勝を演じ、3連勝で初重賞制覇を果たす。クラシックの第一次登録がなかったため、追加登録料200万円を支払って皐月賞に出走登録することとなったが、この時、岩元が「登録料を自分が半分持つから」と竹園を説得したと言われている。
皐月賞では、良血馬アドマイヤベガや重賞2連勝中のナリタトップロードなどが出走することもあって単勝11.1倍の5番人気に甘んじたが、最後の直線で圧倒的な末脚を披露、見事勝利を収め、初めて追加登録料を支払ってクラシックに出走し勝利を収めた馬となった。また、鞍上の和田竜二騎手や生産者の杵臼牧場にとっても、初のGI制覇となった。なお、ナリタトップロードは3着、アドマイヤベガは体調不良が祟って6着であった。
(ウィキペディア引用)