




運営者:蘭丸
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戦績は朝日杯三歳ステークス・皐月賞・
東京優駿(日本ダービー)など、10戦10勝(7レコード)。
デビュー戦を8馬身差のレコード勝ちし、
圧倒的なその強さに「菊池寛の夢が実る時が来た」と
言う意味で「トキノミノル」という名に改められた
(現在は一度馬名を登録すると変更はできないが、
当時は可能であった)。
「トキノ」とは馬主でもあった菊池寛の冠名である。
菊池寛は永田と親交があったが、
この時にはすでに亡くなっていた。
その後皐月賞や東京優駿でもレコード勝ちをする。
二着馬との差が最も縮まったのが東京優駿の時の1馬身半で、
それ以外のレースは全て二馬身以上の差をつける圧勝だった。
皐月賞の単勝支持率73.3%は、2007年現在でも史上1位である。
また、慢性的な膝の疾患や裂蹄を抱えていたため、
最後のレースとなった東京優駿では爪と蹄鉄の間に
フェルトを挟んで出走した。
そのあまりの強さに、アメリカ遠征のプランもあがったほどであった。
(ウィキペディア引用)